理想の職場デザイナーになった理由
『理想の組織作り・理想の職場デザイナー』
何故、私がこの資格を取得し活動したいと思ったのか?
人生を振り返りながら、書いてみたいと思います。
札幌の体育専門学校を卒業後、地元の岩手県に戻り就職した私。
札幌の学校には、岩手からの求人がほとんどなく・・・(確か2社のみだったような)、来ていた求人もスポーツに関わるものではなかったので、とりあえずそのうちの1社に入社いたしました。
当時の私は、特に夢や目標を持っていたわけではありませんでしたしね。
でも、やりたい仕事でなかったからと言って、テキトーに仕事をしていたわけではありません。
同期の中では一番早く『主任職』に昇格しましたし、業績やコンテストなどで何度か表彰されることもありました。
また、サラリーマンは会社という組織に属していますので、昇格した私にも何人かの部下が存在しておりました。
30歳を迎えた時、仕事では業績表彰を頂き、趣味の空手では岩手県で優勝。
今思えば
『調子に乗ってただけじゃん!』
と捉えられますが、当時は
『仕事も趣味も両立したのだから何やっても大丈夫だろう!』
って気持ちが優先して会社を退職いたしました。
その頃の自分・・・
思い返せば本当に生意気でした。
そんな性格なので、会社の上司からは嫌われまくってましたね。
最後は
『無視』
に近い状態(笑)
まぁ、会社以外にも仲間が結構いましたから
『別に無視されようが構わない!』
そんなスタンスでいましたが・・・
やっぱり今思えばそんな自分でも心の中は
“辛かった”
んだと思います。
その後、転職して入社した会社でも数年で“管理職”に昇格。
なんだかんだ言っても、仕事には真剣に取り組んでいたつもりでした。
しかし・・・
30代の血気盛んな時期。
今思えば
“パワハラ”
でしかない私の言動・行動。
最初の会社で
“辛かった”
思いを今度は自分が部下に対して行っていた
“愚かさ“
他人の気持ちを考えない“行動・言動”
当時の自分は本当に最低な人間だと感じています。
時が流れ、独立して
“パーソナルトレーナー”
として活動しはじめた自分。
独立というものを簡単に考え、何もかもうまく行かない日々が続きました。
『もう終わりだな・・・』
そう考えていた時に現在、私が人生の師と仰いでいる方との出会い。
その師との出会いで私の人生は少しずつ変わって行きました。
そして、その尊敬している師匠がさらに尊敬し勉強されている
『原田隆史』先生
どのようなものか興味が湧いて、私も原田教育研究所のメソッド
『原田式メンタルトレーニング』
を勉強し始めました。
そこで学んだこと・・・
今までにない感情が沸き起こり
さらには、
自分の人間としての未熟さも痛感しました。
その後、『原田教育研究所』のメソッド
“理想の組織作り、理想の職場デザイナー養成塾”
なるものが存在することを知りました。
これこそが、
『私が過去に犯した“過ち”を払拭できるものではないだろうか?』
と直感いたしました。
そして、
『あの頃の部下の方々はどんな気持ちだったんだろう?』
『あの時、私はどのような対応をすれば良かったんだろう?』
そんな気持ちも湧いてきました。
残念ながら、私が過去に戻ってやり直すことは出来ません。
しかしながら、
あの頃の私のような上司に心を痛めている部下の方々、組織の方々
また、
部下に対してどのように対応して良いか悩んでいる上司の方々
そして、
社内の人間関係の悪化で業績が思わしくない経営者の方々
そんな方々を
私が救ってあげることが出来るのではないか?
悩んでいる方々を救うことで、私の過去の過ちを少しでも償えるのではないか?
そんな強い思いから
理想の職場作り・理想の職場デザイナー
として活動して行こうと誓いました。